超流動ヘリウムの流動、伝熱

超流動ヘリウム(HeⅡ)の流動・伝熱

 宇宙機器の高性能化、低コスト化を図る上で極低温流体の宇宙機器への応用が重要となっている。宇宙望遠鏡、超伝導マグネット等の冷却に使用される超流動ヘリウムについて研究を実施した。その結果、超流動ヘリウムの気液分離、流量制御に使用されるポーラスプラグ(多孔質栓:相分離器)の特性と加圧超流動ヘリウムの強制冷却特性を得た [60]。
 大気圧、温度4.2 K(0.10 MPa, -269℃)の液体ヘリウム(LHeⅠ)を真空ポンプで減圧し、圧力0.0051 MPa(38 Torr)以下、温度2.2 K以下にすると量子効果を持つ超流動ヘリウム(HeⅡ)が生成する。下図に超流動ヘリウムの圧力・温度線図を示す。我々がHeⅡの研究を実施した当時(1980年代)、HeⅡは下図のように、地上で大気や周囲の赤外線等から邪魔されて観測できない星からの微弱な可視光、赤外線等を宇宙空間で観測する宇宙望遠鏡(例えば、ハッブル宇宙望遠鏡、1990年打上げ)や宇宙粒子線を検出する超伝導マグネットの冷却剤として注目されていた。HeⅡは38 Torr以下の減圧状態が必要であるが宇宙空間の真空を利用して、その優れた熱伝導特性、流動特性により小型・軽量、高性能な宇宙機器が実現できる。



超流動ヘリウムの特性

 HeⅡの現象は常流動成分(n 成分)と超流動成分(s 成分)から成る2流体モデルで説明され、n 成分の濃度は温度が高くなるほど増加し、s 成分の濃度はその逆になる。n 成分は普通の流体と同様に粘性抵抗を示し、熱(エントロピーを保有)を運ぶ。s 成分は粘性ゼロで極めて狭いすきまを圧力差なしで流動できるが熱を運ぶことはできない(エントロピーがゼロ)。容器内のHeⅡの一部をヒータで過熱し温度を上昇させると両成分に濃度差が生じs 成分は高温側へ、n 成分は低温側へ流れ、温度を均一にする働きが生じる。この流れは質量の移動を伴わずに生じ、熱輸送が速やかに行われるので通常のLHe の100万倍以上の熱伝導率となる(熱カウンタ流)。また、HeⅡの入った二つの容器を細管で連結し、s 成分のみ流れるフィルタを設け、一方の容器を高温にすると温度差によりs 成分のみが高温側へ流れ液面が上昇する(熱機械効果)。

ポーラスプラグ(多孔質栓:相分離器)の流動特性

 ポーラスプラグ(PP)は、赤外線望遠鏡のセンサ冷却(検知能力向上)、侵入熱により蒸発したHeⅡの気液分離と流量制御を熱機械効果を利用して無重力下で行い、長期間観測を可能とする。現在、センサ冷却等には超流動ヘリウムに代わり、機械式の小型冷凍機が使用される場合が多い。
 下図左に示すようにPP下流側(図の上側)の圧力を下げるとn 成分は圧力こう配により下流側に流れPPで蒸発する。このとき蒸発潜熱を奪うので下流側の温度が下がり熱機械効果によりs 成分は上流側(図の下側)に流れようとする。
 PPの透過率(気孔径)と断面積を適当に選ぶことにより流量を蒸発Heガスに対応できるように設定でき、蒸発ガスのみを弁別的に放出して長期間観測が可能となる。また、PP下流側にヒータを取付け、温度差を小さくするとs 成分の上流側への流量が小さくなり、全体として流量が増加する。下図左に示すようにPPを出てセンサを冷却したHeガスは侵入熱、赤外線ノイズを低減するためのふく射シールド板を冷却して宇宙空間へ放出される。
 PP試験装置の概略を下図右に示す。HeⅡ温度TBを制御する真空ポンプとPPを排気する真空ポンプを設置している。排気管下端に取付けたPPの下流側には温度計(Tp)と流量調節機能確認用のヒータを取付けた。PPの材質として気孔径(透過率)の制御が容易なアルミナセラミックスを採用し、直径30 mm、厚さ10 mm、気孔径 1、4、10 μmの3種類について実験を実施した [60]。

 下図左は気孔径 10 μmの実験で得られた圧力こう配と質量流量の一例である。圧力こう配を増加、減少させたときにヒステリシスが発生している。また、図中の数値解析結果と実験結果には差が認められる。この原因としてPPの下流出口面に気液界面が存在するのではなく、PP内に存在し、流動条件によってその位置が変わることが指摘されている。このヒステリシスについてはある程度再現性があることを確認しており、得られたデータを基に流量等使用条件に合ったPPを設計することが可能である。気孔径 1、4 μmのPPについても同様な流量特性が得られた。
 下図右は気孔径 10 μmの実験で得られた温度こう配と質量流量の関係であり、ヒータ熱量による流量増加試験の一例として、ヒータ熱量と質量流量の関係も示す。ヒータを使用して温度こう配を減少させると流量が増加しており、流量調節が可能となる。

加圧超流動ヘリウム(HeⅡp)の強制冷却特性

 HeⅡを超伝導マグネットの冷却に用いると臨界磁場、臨界電流が増加し、また伝熱特性が改善されるのでマグネットの性能を向上できる。HeⅡpの強制冷却試験結果について述べる [60]。
 下図に試験装置の概略を示す。He冷凍・液化機から供給された極低温高圧Heガス(圧力 約0.95 MPa)は第1、第2熱交換器で温度が下げられ、第3熱交換器にて飽和蒸気圧のHeⅡと熱交換してHeⅡp となり、冷却チャネルを模擬するテストセクションに入る。テストセクションは長さ 5 m、内径 3 mmのステンレス鋼管で直径 約35 cmのコイル状に巻かれている。テストセクションには温度計とヒータが取付けてある。テストセクション入口部から2 mの点に設置したヒータで定常的に熱負荷を与えた場合の温度測定結果を下図に示す。
 ヒータ上流でも温度上昇が見られ、熱カウンタ流による熱輸送が行われている。一次元と仮定したチャネルに熱負荷がある場合、チャネル内のHeⅡp のエネルギー変化は熱カウンタ流の熱拡散と通常流体の強制対流による熱伝達から成る。実験から得られた入口、出口部温度、熱負荷を境界条件として数値解析を実施し、得られたテストセクションの温度分布を下図に示す。実験結果と良く一致しており、HeⅡp の冷却時の定常温度分布が推定できる。