スラッシュ水素を利用した高効率水素エネルギーシステム
当研究所が実用化を進めている「スラッシュ水素を利用した独創的な高効率水素エネルギーシステム」の概要と実用化のために実施した研究、開発状況について紹介する。
スラッシュ水素*は燃料電池や宇宙ロケットの燃料、高温超伝導機器の冷媒として、その利用が期待されている。燃料電池の飛躍的な普及および情報技術普及による電力需要増加、温室効果ガスの排出削減に鑑み
[1, 2]**、スラッシュ水素を利用した独創的な高効率水素エネルギーシステムを提案して実用化を進めている [3-6]。
水素をスラッシュ水素の形態で長距離パイプライン輸送する際、金属系高温超電導材 MgB2(二ホウ化マグネシウム、超伝導転位温度 -234℃、絶対温度 39 K)を用いた高温超伝導送電と組み合せ、輸送先においてはスラッシュ水素もしくは液体水素***を冷媒とする高温超伝導電力貯蔵(SMES****)を組み合せると、水素燃料と電力の同時輸送および同時貯蔵が可能となる。いわゆる、シナジー効果が期待できる(システム図参照)。
水素液化機で製造した液体水素からオーガ法を使用してスラッシュ水素を製造し、スラッシュ水素をポンプにて昇圧してパイプライン輸送を行う。輸送時に高温超伝導送電も併せて行うことで水素および電気エネルギーの両者を同時に輸送できる。輸送時の侵入熱により固体粒子が融解するので輸送先では液体水素を高温超伝導電力貯蔵の冷媒として使用する。貯蔵した液体水素はポンプで昇圧して自動車用、家庭用燃料電池に供給する。即ち、水素および電気エネルギーの両者が同時に貯蔵もできる。
燃料電池車は 70 MPa(700 気圧)の高圧水素ガスを搭載するため、100 MPa程度の高圧水素ガスの製造が必要となる。大気圧の水素ガスから
100 MPaの高圧水素ガスを製造する動力は、圧縮効率の低下によりポンプ動力に比べ、大きな動力と大型多段水素圧縮機が必要となる。高圧化に必要な動力が、液体水素ポンプを使用して大幅に低減できる。
一方、最近の超伝導技術の開発状況を見ると、液体窒素を冷媒とするビスマス系高温超伝導材を使用した高温超伝導送電が 2006年に米国ニューヨーク州オルバニー市の実用送電路で史上初めて成功し、世界の数箇所で実送電が行われている。また、亀山市の液晶パネル製造工場では製造ラインを瞬時電圧低下から守るため、液体ヘリウムを冷媒とする超伝導電力貯蔵システムが
2004年に運用開始されたのを機に、国内で実証試験と実用機の稼働が行われている。いずれも冷媒として液体窒素、液体ヘリウムが使用されているが、液体水素を冷媒として使用する高温超伝導機器の実用化が既に進められている。
高効率水素エネルギーシステムの実用化を進めるため、システム図の左上に示す研究を実施してきた。
(1)水素の凝縮・液化熱伝達率が Nusselt 層流理論式と一致することを世界で初めて実証した研究 [7]。
(2)世界初の磁気冷凍法による高効率水素液化の実証研究[8-10]。(詳細は下記 Web site )
(3)オーガ法によるスラッシュ水素大量製造技術の開発 [11-13]。
(4)固体水素粒子の挙動を考慮した独創的な構造をもつスラッシュ水素用高精度密度計(固相率計)、流量計の開発 [14, 15]。
(5)スラッシュ窒素が管内を流動する際に、液体窒素と比較した圧力損失低減、熱伝達劣化が同時に発生する(レイノルズのアナロジーが成立する)ことを世界で初めて実証すると共に、そのメカニズムの解明研究 [5, 16-24]。スラッシュ水素、スラッシュ窒素の低減・劣化現象、固体粒子の挙動を解明する三次元流動・伝熱解析プログラム(SLUSH-3D)の開発 [25-27]。(詳細は下記 Web site)
(6)高温超伝導電力貯蔵の冷媒を目的とした液体水素、スラッシュ水素、スラッシュ窒素のプール核沸騰熱伝達の研究 [28]。
また、水素エネルギーシステムに関わる、次の極低温流体の研究も実施してきた。
(7)気液二相流体の流動・伝熱研究 [30, 31]。
(8)キャビテーション発生時の不安定流動研究 [32, 33]。
(9)超流動ヘリウムの流動・伝熱研究 [60]
* 液体、固体、気体が共存する三重点スラッシュ水素の温度は -259℃(絶対温度 14 K)。液体、固体が共存するスラッシュ水素の温度は圧力にも依存するが、-259℃(絶対温度 14 K)以上となる。
** [ ] 内は参考文献の文献番号を示す。
*** 大気圧での液体水素の温度は -253℃(絶対温度 20 K)。
**** SMES:Superconducting Magnetic Energy Storage.
代表メッセージ
ヨーロッパ、米国、アジアでは、水素エネルギー社会の実現を目指し、家庭用燃料電池、燃料電池自動車およびそのインフラとして重要な水素ステーションの本格的な普及拡大に取り組んでいる。日本では2009年に世界に先駆けて家庭用燃料電池コージェネレーションシステム(ENE-FARM)の販売が開始されました。また、2014年には燃料電池自動車(TOYOTA
MIRAI)の一般販売が開始され、本格的な普及が進められている。
このような動向を鑑み、液体水素、特にスラッシュ水素の利用を加速し、水素エネルギー、電気エネルギーを高効率に輸送、貯蔵できる水素エネルギーシステムの早期実用化をスラッシュ水素研究所は進めています。